2015年9月14日月曜日

ほめることの功罪

「ほめられると育つタイプです」と自己紹介する若い人がいました。
たしかに、ほめられると人はいい気持ちになります。
ところが、「ほめられるのは好きじゃない。何か、魂胆があるような気がして。」という人もいます。ほめることには、いい面もあれば、悪い面もあるのでしょう。

ハイム・ギノットというイスラエル出身の臨床心理学者で児童教育の専門家が、その著書、「子どもの話にどんな返事をしていますか?」(草思社刊)で、子育てについて語っています。
その中のひとつに、「子どもは、ほめて育ててはいけない」という一節があります。ギノットは、1967年にすでに、書いているのです。

 利口だとほめられた子が、自分の高い評判を落としたくないばかりに、むずかしい課題に
 挑戦しなくなる、ということはめずらしくない。反対に自分の努力をほめられた子は困難な
 課題にもっと取り組むようになる。

ほめ続けていると、ほめられるために行動するようになる。ほめられないとやらなくなる。ほめることは評価すること。人は評価されたくないから、ほめることは成長につながらない。ほめるのであれば、愛情が先行したり人格を丸ごと賞賛するのではなく、やったこと、できたこと、行動や成果を具体的にほめてあげること。何ができたのか、認めてあげなさい。というのです。
「すごい」とか「いい子ねえ」とか「よくできた子ねえ」ではなく、「あなたは、○○することができたね。」という言い方をしなさい。というのです。

「ほめることの功罪」を研究している人がいまして。2008年にニューヨークジャーナルという雑誌にコロンビア大学のキャロル・ドウェックという学者の調査が報告されています。

・10歳のこども数十人に簡単なIQテストを実施。ノンバーバルのパズル。
・問題を終えて、半分の子どもには「才能をほめる」。「頭いいね」「偉いねえ」「すごいねえ」とかですね。半分の子どもには、「プロセスや成果をほめる」。「パズルが解けたね」「できたね」「頑張ったね」みたいなことですね。
・次は、難しいパズルと易しいパズルを用意して問題を子どもに選ばせる。
・才能をほめられた子どもは、易しい問題を選び、成果を認められた子どもは難しい問題を選ぶ傾向にある、という。
・これを何回か繰り返すと、易しい問題であっても、才能をほめられた子どもはだんだんできなくなり、成果やプロセスを認められた子どもはできるようになっている。という研究。
詳細はこちら。
“How Not to Talk to Your Kids -The inverse power of praise.” Po Bronson
http://nymag.com/news/features/27840/

コーチングでは、スキルの項目として「ほめる」というものがありません。あるのは、「承認」。個人の尺度で評価するのではなく、プロセスや成果を事実として承認してあげることです。事実を伝えることは、フィードバックにも共通します。今までできなかったことができるようになったときに、「偉い」「すごい」ではなく、「できたね」「新記録だ」というだけで、人はモチベーションを上げるものなのです。

「子育ての経済学」(ジョシュア・ガンズ著 日経BP社刊)という本にもキャロル・ドウェックの研究が紹介されています。

 現在の行動と将来的な報酬や罰の結びつきを理解すれば、それだけでインセンティブになるわけではない。コンテクストもまた重要だ。経済学理論だけがインセンティブではないからだ。報酬は目に見えるものばかりとはかぎらない。称賛もまた報酬となる。だからいつもいつも子供をほめてばかりだと、その報酬効果はなくなってしまう。
 称賛にはもうひとつ、難しい問題がある。心理学者キャロル・ドウェックは次のような実験を実施した。学童に簡単な非言語的IQテストを受けさせた後、無作為に選んだ一部の子に対してはその知能を称賛し、それ以外の子供たちは努力を称賛した。そして次のテストでは、簡単なものと難解なものを選択する権利を子供たちに与えた。すると、先のテストでのほめ方の違いがこの選択に影響を及ぼしたのである。努力をほめられた方の90パーセントは難解な道を選んだが、知能をほめられた方の大部分は容易な方を選んだのだ。
 次の段階では児童に選択権は与えられず、全員が極めて難解なテストを受けた。興味深いことに、努力をほめられた子供たちはさらに努力し、あらゆる道を検討した。だが「知的」な方の子供たちは早々に諦めてしまった。最後に、一番最初と同様の簡単なパズルが与えられた。すると、「努力派」児童の成績は30パーセントも上がったが、「知能派」の方は20パーセントも落ちたのである。
 ドウェックは元々、称賛が逆効果になる場合もあると予想していたが、これほど顕著な効果が出ることは予想外であった。「努力の強調は、子供に自らコントロール可能な変数を与える」と彼女は言う。「子供は自らを、成功をコントロールしうる存在とみなすようになる。一方、生来の知能を強調すると、それは子供のコントロール外のものとなり、失敗に対する有効な処方箋とはならない」。
 何も考えずにほめるのはたやすい。僕なんていつもやっている。だけどこの研究によれば、よくよく考えてほめないと、効果がないどころか却って有害なこともあるという。インセンティブが働くのは、子供たち(にかぎらないが)が自分の行動を制御できる時に限られる。誰かの生得的な才能をほめても、当人はそれを制御できないのである。一方、当人に制御可能なものをほめるなら、称賛という報酬は効果を発揮するのだ。

時間が前後するが、「子どもをほめてはいけない」と言い始めたのは、アルフレッド・アドラーかもしれない。
アドラーは罰することもいけないし、褒めることもいけないと言っている。
罰することは一時的には効果があるが、自尊心や勇気をくじく。
ほめることは、有能な(自分が有能だと思っている)人が、能力が低い人に「あなたは私より能力が低い」と言っているのと同じで、言われたほうはいい気持ちにはならない。「評価する側」「評価される側」という関係をつくってしまう、というのです。
そしてアドラーは、「行動そのもの」を見てあげなさい。というのです。

キャロル・ドウェックの実験がそれを裏付けています。
ほめることは決して悪いことではないのかもしれません。
ほめ方に注意さえすれば。

決して、「すごい」「偉い」とか「やればできるじゃないか」とかではなく。
「15回できたね」とか「3分でできたね」という事実だけを伝える。
それだけで十分なのです。


あなたは今日から、お子様や部下をどんなふうに叱り、どんな風にほめますか。

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