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2022年12月31日土曜日

2022年 今年の十大ニュース

2022年が幕を閉じようとしています。
皆様にはどんな一年でしたでしょうか。
私にとっては、
「日々老いを感じる一年」でした。
今年もいろいろありましたが、中でも文字に残しておきたい10大ニュースを選びました。

1. 花粉症になりました
現代人病である花粉症にはかからないと言ってきたのですが、
3月12日金曜日、気温が21.6℃になった日に天気が良くてバルコニーに出ると鼻がムズムズ。
さらに涙が出てきて止まらない。
私も現代人の仲間入りなのでしょうか。
薬を飲むとか注射を打つとかまではひどくないのですが、
明らかに花粉症の症状。来年どうなるのか心配です。

2. 映画のエンドロールクレジットに名前を出していただきました
大学の後輩が映画プロデューサーをやっている。
2年前に「新しい映画を企画中なのですが、取材をさせてほしい」と言うので、
監督と一緒にお会いした。就活の実態を映画にしたいと言う。
勤めていた会社では、採用面接も行えば面接官のトレーニングも行った。
大学生には、面接の仕方もエントリーシートの書き方もコーチした。
採用する側と応募する側の両方を知っている人はそんなに多くはいないからだ。
今年、映画が完成した。
エンドロールには自分の名前。
なんだかちょっと有名人になったような気分になった。
舞、ありがとね。

3. 産業カウンセラーの資格を更新しました
2012年に取得し、17年、22年と5年ごとの更新。
企業との業務委託の関係上、産業カウンセラーの資格は更新したほうがいいと思い、今回も。
昨年から今年にかけてはハラスメント防止法への対応で、
産業カウンセラー資格を取ろうとされる方が増えているのではないでしょうか。
カウンセリングとハラスメント相談では内容が異なりますが、
「聴く」という訓練で言えば、カウンセラー養成講座がきわめて充実しているわけで。
ハラスメント相談員であっても、生活相談員であっても、そんなことを言えば、コーチだって管理職だって、カウンセラーのトレーニングを受講されることをお勧めします。

4. 子育てアドバイザーの資格も更新しました
2010年、「御社でも子育てアドバイザーを作りませんか」という営業DMが人事局に届いた。
社外からの営業やアンケートはすべて私が管理し、適当と思われる担当者に依頼していた。
「対応不可」「対応不能」なものはお断りするのだが、このお誘いはどうなのか。
社内にはいくつかの相談窓口が設置済みであり、お子さまがいるパパママも人事局には多い。
適当な人材がいないなと思って「対応しない」と決めたのだが…。
だったら自分で学んでみようと思い、自費で通うことにした。
子育てはしていても、体系的に学んでいないなと思ったからだ。
すでにコーチをしていた私には、「アドバイザー」というタイトルに抵抗があったが、
9か月18回の講習に通った時間はとても充実していたと今でも感じている。

5. 世田谷区の民生委員を拝命しました
以前から地域への貢献をと思っていたのだが、やっとひとつカタチになりました。
昨年からACジャパンも広告を始めていました。
以前の勤務先が広告会社で、多くの先輩がACジャパン(旧称:公共広告機構)に出向していました。先輩たち、お元気でしょうか。
しかし、私でいいのだろうか、と思い悩む1か月ではある。時間が取れないのだ。
委嘱状授与式も欠席、初回の定例会も欠席することになった。
新任のための研修も世田谷区の日程と合わず、先日は立川まで出かけて受講した。
仕事やっている人だとまずいんじゃないの? 
でも仕事はやめられない。
今後どうするのがいいのか思い悩むこの頃ではあります。

6. 腰痛はひどくなるばかり でしたが
2年前に事務所を我が家に移してから通勤がなくなった。
駅までの往復や駅間の移動、階段の上り下り等々、
カラダを動かしている時間は1日に1時間半はあったろうに、
それが「自宅兼事務所」で「新型コロナ」では自分の意志がないと動かない。
事務所を移した直後から腰の痛みがあったのだが、だんだんにひどくなってきた。
自転車をこいだり、公園のぶら下がり棒で腰を伸ばしたりするのだが、時々激痛が走る。
日体大が近くにあるので桜新町には整体やマッサージが多いのだが行く気にならない。
だって、運動するしかないのだから。
で、10月頃から痛みが引いてきた。歩くのがいいようだ。それとストレッチ。
ちょっと改善するとやめてしまうなまけ癖がいちばんの原因のよう。
毎日30分のウォークと20分のストレッチで、
だいぶ良くなりましたと報告しておきます。

7.WISプロジェクトがスタートしました
高校同期でニューヨーク在住の友人が、毎年学生を引率してバリ島で研修をしていた。
コロナで中止になって3年。来年から日本でやりたいと言う。1週間のワークショップを伊豆で行うというプロジェクトに参加している。
彼女の専門は日本史。歴史を振り返ると同時に、日本がどこに進んでいけばいいのか、自分自身は何をしていけばいいのかを考えてほしいと言う。開催地の産業を知り、人を知り、参加者のネットワークを広げながら、自分の将来を考える。
ではどんな講座やワークがあればいいのかを、NYと東京と開催地で毎月ミーティングをしている。
学生たちが、10年後に「あのワークショップに参加したから、今の自分があるんだな」と振り返れるようなものにできたらいいなと今から楽しみにしている。

8.業務委託契約更新
今年も2社の業務委託を更新していただきました。
1社は8年目、もう1社は7年目。
人事関連のコンサルティングをしながら管理職のコーチを続けている。
「会社をコーチする」と私は言っているのですが、
ふたつの会社が成長していくと私も嬉しく思います。

9.右手を負傷しました
11月3日のこと。慌てていたわけではないのだが、家の階段を一段踏み外して尻もちをついた。
とっさに右手を床につき、体をかばったつもりが、右手に激痛が走った。
折った? いや、折れてはいないようだ。ヒビ? かもしれない。
ちょっと腫れたが、あれ?そんなに痛くない、という日々が続いた。
キーボードのタイピングは問題ないのだが、
鉛筆で文字を書くとか、包丁で果物の皮をむくとか、片手鍋からお椀に注ぐとか、
握力がいる動作やひねる行為が痛みに変わる。
なんと2か月近く経つのに、まだ痛い。
そりゃそうだ、セッションログは減っていないし、
毎日のおさんどんは自分で作らなくちゃいけないのだから。
それはそれで仕方ないとして、
俊敏な行動を執れなくなっているだけではなく、回復も遅いのが問題。
寄る年波というのはこういうことなんだよね。
高齢者の独り住まいは危険がいっぱい、を思い知らされている2か月間ではある。

10.コーチ養成講座の準備を始めました
8月1日の日経朝刊。「私の履歴書」は俳優の山崎努さん。
広告会社のクリエーティブ時代にもお仕事をしたのですが、その仕事よりも、「天国と地獄」の誘拐犯よりも「早春スケッチブック」でカメラマン役の彼が発する、
「お前たちはありきたりだ」というセリフがいちばんの印象だった。
自分は何もしていないなあ。
ありきたりな人生だなと、朝から感じていた。

同じ日の朝刊に、クライアントの記事が出ていた。
5年前にコーチをし、今年「もう一度コーチを」と言われてコーチをしている方だ。
社員ふたりから始まって、今は40人を超える。
ビジネスはうまく行っているようだ。
彼女はありきたりじゃない人生を歩いているなと思った。

朝刊を読んで1時間くらいたっただろうか。
9時15分に、4月に初めて事務所に来られたCM制作プロデューサーからメールが届いた。
「9月からMBAに通うことにしました」と。
5月6月とコーチして、7月は忙しいのでとスキップしての8月1日のメール。
なんて日なんだろうと思った。

その日の夜。NYから一時帰国している高校同期と渋谷で食事をした。
7に書いたプロジェクトのことで会った。
彼女は今まで誰もやってこなかった新しいことにチャレンジしようとしている。
あ、やっぱり、私の生き方はありきたりだな、と思った。
思った瞬間に、だったらやろうじゃないの、と思った。
コーチ養成講座を作ろうと。

コーチング研修を受けた方やクライアントが、プロのコーチになっていく。
若いコーチが私の周りに集まってくる。
以前コーチをしていたクライアントが「再度コーチを」と言ってくれる。
「友人に聞いたのですが、私もコーチを受けたい」とおっしゃってくれる方がいる。
「18歳、大学1年ですが、就活コーチをしてほしい」と言ってくる子もいた。おいおい、私は君のお父さんより年上だよ。ひょっとしたらおじいさんに近いけど、いいのかなあ。と気になったり。
今、コーチをしているクライアントが
「資格は要らない、小篠からコーチングを学びたい」と言ってくれた。
そんないろんなことがきっかけにはなっているのだが、
世の中のコーチングって、これでいいのだろうか、とコーチングを学び始めた時から思っていたこともベースにあった。
約1か月かけて、全課程50時間のカリキュラムを書き上げた。
既存のコーチ養成講座とは一味?違う講座。
コーチングだけでなくカウンセリングも学ぶし、マネジメント、メンタルヘルス、リーダシップも学んでほしい。
部下育成や子育ても、スキルとしてだけでなく、考え方や心理学的裏付けを元に学んでほしいと願っている。
ロールプレイマラソンと名付けて、実践トレーニングの時間も長く取っている。
コーチをするために、リピートがかかるコーチになるために、
研修講師もできて、会社をコーチできる人材を育てるための養成講座。
1月からモニター講座をスタートさせ、
夏前には本格稼働したいと考えている。

さてさて。
私の人生は、ありきたりではない人生になるのだろうか。

次点
結局今年も本を出せませんでした
今年もやっぱり臆病者です。
おいおい何年次点に掲げているんだよ。と毎年毎年書いております。
来年、コーチ養成講座をスタートできたら、本は出せるのではないかなと希望的観測はしている。
臆病者の挑戦に乞うご期待の大晦日ではある。

いろいろなことがあった一年。
みなさまにはたいへんお世話になりました。
ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。

                      コミュニケーション実験室
                             小篠一英

2022年7月1日金曜日

日々のこと_20220701

八ヶ岳を歩いていると山椒の木。
挿し木で育つことは知っているが
まさか人んちの枝を折るわけにもいかない。
実を数粒いただいて、育ててみることにした。

どんな風に芽が出るのだろう。
​実が穫れるまではどれくらいかかるのだろう。

人も動物も植物も、育てるのは
こちらの気持ち、行動次第なんだよねと思い、
​しばらく観察してみることにした。

2020年2月15日土曜日

日々のこと_20200215

昨日、恩師の墓参りに行ってきた。
自分を育ててくれたのは、母と幼稚園の先生だったと
思っている。

先生のご主人は医者だった。
レントゲンフィルムに興味を抱いた息子は、
フォトグラファーになった。
敬虔なクリスチャンだった先生のご長女は、
嫁ぎ先に母親を引き取り介護しながら教会で
オルガンを弾いていた。
先生の見舞いに行くと、手料理でもてなしてくれた。
4人は福岡の教会の墓に眠っている。

涙が出るだろうなと思ったが、出なかった。
「涙なんか流しても私はそこにはいないのよ、と言って姉は怒るだろう」と
ひとり残された次女から聞いていたから。
次女はフロリダにいる。
2022年2月にはフロリダでメモリアルパーティを開くと言い、
すでに私はスケジュールを入れている。

先生、私はいつまでも先生の教え子です、と伝えて霊園を後にした。

夜、元クライアントと博多で食事をした。
恩師の話をすると、58年続いている関係に驚いていた。
幼稚園に通ったのは1年だったけど、
先生に教えてもらったのは今の私の根幹になる、ひとつのこと。
 「愛とは、相手の命と成長を願って接すること」

先生、あなたは私の一生の先生です。

2019年2月13日水曜日

日々のこと_20190213

勤務していた会社の同期が死んだ。
会社を辞めるまでの4年ほど、彼と仕事をした。
朝は誰よりも早く出社し、
ランチの後は午睡をとっていた。
責任感の強い男だった。
奥様とふたりのお嬢様を大切にしていた。

昨日が通夜式。今日が葬式。
事務所近くの教会に出かけた。
お嬢様の心持ちはいかばかりか。
娘をもつ親として気になってしまう。
昨年コーチした学生が今年3月にこの大学を卒業する。
彼女もふたり姉妹。父親は大学の後輩。
元気にしてるかい? 長生きしろよ。

時代なんてパッと変わる。
だから今を生きることが大事なんだと思う一日ではある。

2015年9月14日月曜日

ほめることの功罪

「ほめられると育つタイプです」と自己紹介する若い人がいました。
たしかに、ほめられると人はいい気持ちになります。
ところが、「ほめられるのは好きじゃない。何か、魂胆があるような気がして。」という人もいます。ほめることには、いい面もあれば、悪い面もあるのでしょう。

ハイム・ギノットというイスラエル出身の臨床心理学者で児童教育の専門家が、その著書、「子どもの話にどんな返事をしていますか?」(草思社刊)で、子育てについて語っています。
その中のひとつに、「子どもは、ほめて育ててはいけない」という一節があります。ギノットは、1967年にすでに、書いているのです。

 利口だとほめられた子が、自分の高い評判を落としたくないばかりに、むずかしい課題に
 挑戦しなくなる、ということはめずらしくない。反対に自分の努力をほめられた子は困難な
 課題にもっと取り組むようになる。

ほめ続けていると、ほめられるために行動するようになる。ほめられないとやらなくなる。ほめることは評価すること。人は評価されたくないから、ほめることは成長につながらない。ほめるのであれば、愛情が先行したり人格を丸ごと賞賛するのではなく、やったこと、できたこと、行動や成果を具体的にほめてあげること。何ができたのか、認めてあげなさい。というのです。
「すごい」とか「いい子ねえ」とか「よくできた子ねえ」ではなく、「あなたは、○○することができたね。」という言い方をしなさい。というのです。

「ほめることの功罪」を研究している人がいまして。2008年にニューヨークジャーナルという雑誌にコロンビア大学のキャロル・ドウェックという学者の調査が報告されています。

・10歳のこども数十人に簡単なIQテストを実施。ノンバーバルのパズル。
・問題を終えて、半分の子どもには「才能をほめる」。「頭いいね」「偉いねえ」「すごいねえ」とかですね。半分の子どもには、「プロセスや成果をほめる」。「パズルが解けたね」「できたね」「頑張ったね」みたいなことですね。
・次は、難しいパズルと易しいパズルを用意して問題を子どもに選ばせる。
・才能をほめられた子どもは、易しい問題を選び、成果を認められた子どもは難しい問題を選ぶ傾向にある、という。
・これを何回か繰り返すと、易しい問題であっても、才能をほめられた子どもはだんだんできなくなり、成果やプロセスを認められた子どもはできるようになっている。という研究。
詳細はこちら。
“How Not to Talk to Your Kids -The inverse power of praise.” Po Bronson
http://nymag.com/news/features/27840/

コーチングでは、スキルの項目として「ほめる」というものがありません。あるのは、「承認」。個人の尺度で評価するのではなく、プロセスや成果を事実として承認してあげることです。事実を伝えることは、フィードバックにも共通します。今までできなかったことができるようになったときに、「偉い」「すごい」ではなく、「できたね」「新記録だ」というだけで、人はモチベーションを上げるものなのです。

「子育ての経済学」(ジョシュア・ガンズ著 日経BP社刊)という本にもキャロル・ドウェックの研究が紹介されています。

 現在の行動と将来的な報酬や罰の結びつきを理解すれば、それだけでインセンティブになるわけではない。コンテクストもまた重要だ。経済学理論だけがインセンティブではないからだ。報酬は目に見えるものばかりとはかぎらない。称賛もまた報酬となる。だからいつもいつも子供をほめてばかりだと、その報酬効果はなくなってしまう。
 称賛にはもうひとつ、難しい問題がある。心理学者キャロル・ドウェックは次のような実験を実施した。学童に簡単な非言語的IQテストを受けさせた後、無作為に選んだ一部の子に対してはその知能を称賛し、それ以外の子供たちは努力を称賛した。そして次のテストでは、簡単なものと難解なものを選択する権利を子供たちに与えた。すると、先のテストでのほめ方の違いがこの選択に影響を及ぼしたのである。努力をほめられた方の90パーセントは難解な道を選んだが、知能をほめられた方の大部分は容易な方を選んだのだ。
 次の段階では児童に選択権は与えられず、全員が極めて難解なテストを受けた。興味深いことに、努力をほめられた子供たちはさらに努力し、あらゆる道を検討した。だが「知的」な方の子供たちは早々に諦めてしまった。最後に、一番最初と同様の簡単なパズルが与えられた。すると、「努力派」児童の成績は30パーセントも上がったが、「知能派」の方は20パーセントも落ちたのである。
 ドウェックは元々、称賛が逆効果になる場合もあると予想していたが、これほど顕著な効果が出ることは予想外であった。「努力の強調は、子供に自らコントロール可能な変数を与える」と彼女は言う。「子供は自らを、成功をコントロールしうる存在とみなすようになる。一方、生来の知能を強調すると、それは子供のコントロール外のものとなり、失敗に対する有効な処方箋とはならない」。
 何も考えずにほめるのはたやすい。僕なんていつもやっている。だけどこの研究によれば、よくよく考えてほめないと、効果がないどころか却って有害なこともあるという。インセンティブが働くのは、子供たち(にかぎらないが)が自分の行動を制御できる時に限られる。誰かの生得的な才能をほめても、当人はそれを制御できないのである。一方、当人に制御可能なものをほめるなら、称賛という報酬は効果を発揮するのだ。

時間が前後するが、「子どもをほめてはいけない」と言い始めたのは、アルフレッド・アドラーかもしれない。
アドラーは罰することもいけないし、褒めることもいけないと言っている。
罰することは一時的には効果があるが、自尊心や勇気をくじく。
ほめることは、有能な(自分が有能だと思っている)人が、能力が低い人に「あなたは私より能力が低い」と言っているのと同じで、言われたほうはいい気持ちにはならない。「評価する側」「評価される側」という関係をつくってしまう、というのです。
そしてアドラーは、「行動そのもの」を見てあげなさい。というのです。

キャロル・ドウェックの実験がそれを裏付けています。
ほめることは決して悪いことではないのかもしれません。
ほめ方に注意さえすれば。

決して、「すごい」「偉い」とか「やればできるじゃないか」とかではなく。
「15回できたね」とか「3分でできたね」という事実だけを伝える。
それだけで十分なのです。


あなたは今日から、お子様や部下をどんなふうに叱り、どんな風にほめますか。